近未来情報技術研究会 デジタルアーカイブ

JDA HOME  >  別府温泉湯治場大辞典 > まえがき

まえがき

「一夜千両のお湯が湧く」と歌われた別府温泉。思い起こせば、数々の思いでが私の中にある。殊に、別府の湯治場は私と温泉とをつなぐ一つの場であった。

和洋折衷式として始まった不老泉、今は無き大浴場霊潮泉と北浜砂湯、明治十二年、竹瓦葺きではじまったという竹瓦温泉、入湯客の絶えなかった浜脇温泉、岩の間に掘られた乙原川の露天風呂、等々、別府の歴史は温泉とともにあり、その時々の人の生活がそのまま浴場に現れていたのである。 当然それは、今でも変わらない。身近な例をあげれば、公衆浴場では、湯につかり体を流す、ということのほかに人と人との交流の場でもあり、浴場を出たあとも話は尽きず、立ち話しをしている風景は珍しくない。

ところが先日、テレビなどで多彩な活躍をしている村上不二夫氏が来別された折り、話しを聞いてハッとさせられた。氏のいうには、「最近、別府には写真でもとってみようか、というような風情のある浴場風景が少なくなった」というのである。常々、私も感じていたことだけに、この言葉に共鳴するとともに、変わりゆく浴場に寂しさを改めて感じた。

別府は、わが国最大の温泉場であり、比較的、古くより知名度も高かった。当地の人々はその機能性のみに重点を置いていたきらいがあったのではないか。つまり、浴場の本来持つ郷愁とか風情、そして先人のつくりあげてきた歴史といったものをあまりに見過ごしてきたのではないか。そんな反省を自身に課さざるを得ないのである。 また最近、地方活性化の方途はレジャー産業である、と各所で叫ばれ、別府もその例外ではない。それはそれで十分意義あることだが、その根底にはやはり、その土地のふるくからもつ特性に立脚していなければならない。

温泉観光を旗印として発展してきた別府が、今改めて、浴場の歴史を顧みる時期にきているように思われてならない。 こんな反省が、昭和二十年から収集してきた浴場資料をまとめ、出版するきっかけとなった。

書き始めてみると、昔のことを知っている人は少なく、僅かな資料でその歩みを探ることは容易ではなかった。 記述にあたっては、名称・所在・伝承・沿革・現状などについて記し、観光客や研究者の参考になるよう配慮したつもりであるが、すべてを網羅することはできなかった。完成は今後に期したい。

なお、この度の出版は、創思杜の上山良吉氏、N・H・K大分局の柴田実氏の献身的なご努力によって可能になったのであり、ここに厚くお礼申し上げます。

最後に、協力いただきました別府市役所、別府市教育委員会、別府観光協会、別府商工会議所、別府市旅館組合、別府料飲組合、別府市立図書館、別府市美術館、別府市温泉課、別府市観光課、さんもく会、広っぱ会などの機関、および、後藤強宣、後藤佐吉、小田豊治、宮本正美、矢野善一、後藤清人、萩野忠好、井手野展子、堀藤吉郎、麻生信成、星野純郎、最上敏宏、加藤昌弘の各氏をはじめ、詳細な資料ならびに、ご教示を賜った各浴場経営者の方々に厚くお礼申し上げます。

昭和六十二年十一月三日

安部 巌